「注文をまちがえる料理店」のこと |
昨年ネット等でも話題になったある「イベント」の経緯をつづった本です。
認知症の方々をホールスタッフに据えて、日数限定の「お店」を開いた
お話です。
発案は、TVディレクターの方ですが、その方の人脈から各分野の専門家ブレーンを
集めて実現したそうです。
ただ、その根幹は店の料理を中心としたクオリテイを高いレベルに保ち、
決して「まちがえること」を目的にしない、というのがコンセプトです。
提供したのは、シンプルなメニュー構成ですが、当日「スタッフ」となった方々は
料理を持っていくテーブルをまちがえたり、飲み物をまちがえたり、
はてはテーブルに向かったは良いものの、何をしに来たか忘れたり、
とどうしてもミスが生じます。
ただ、店名の通り「まちがえる」ことを前提にしたお店なので、
来店客が注意したり、クレームを付ける場面はありません。
皆が温かい空気の中、寛容さで包み込む、すなわち「まあ、いいか」で
許容するというお店です。
また、メニューはすべて同一価格なので、まちがえても「高いものを頼んだのに
安いものが出てきた」ということにはならないような設定です。
加えて、調理スタッフはプロ中のプロで、そのクオリテイやお店の雰囲気等は
一流店さながらに整えられています。
50代の若年性の方から80代までの「認知症」の方が、懸命に接客業務に
取り組む様子は、年齢や事情にかかかわらず「働ける喜び」「人の役に立つ」
ことに生きがいを見出すことを改めて認識させられます。
本のなかで何度も書かれているように、「故意に」まちがえるのでなくて、
一生懸命やっている中でまちがいが多く起こる様子は、
普通のお店であれば許されないことかもしれません。
しかし、来店された方々も「まちがえること」を共感して受け止めています。
来店客の中にはガン患者、障がいを持った方なども含まれています。
そうした方達は、また違った視点で認知症の方の働きぶりを捉えています。
このイベントの最大の価値は、働いている認知症の方々の喜びと共に
それを目にする人達の「共感」ともいえるでしょう。
私も「認知症」は私自身の親族も含めて、たくさんの方を見てきました。
今では珍しいものではありませんが、まだ、普通の人とは違う、といった
見方も残念ながらされてしまうのも事実です。
確かに、徘徊、虚言、物忘れ、暴言、といった一面を見ると周りでは苦労する
シーンもあります。
私も若い頃に初めてそうした場面に相対した際には、大きな戸惑いがありました。
ただ、年齢とともに親の世代を看取ることや、施設の職員さんの対応なども
目の当たりにして、徐々に「慣れて」いったものです。
しかし、この本で紹介されたように、認知症の方でも前向きに仕事をする、
ことはできる一面もあります。
印象的なのは、プロの飲食店オーナーよりも的確な気配りができたり
と、人間本来が持つ意識や経験の力はいつまでも衰えない、ということです。
勿論、一般の飲食店で恒常的にこうした方々を起用するのは難しいものです。
しかし、これから高齢化もさらに進む時代でもあります。
寛容がすべて良い、とは言えませんが、「認知症」等の事情を抱えていたら
仕事ができない、と決めつけることもどうなのか?という気はします。
この取り組みは海外を含めてマスコミ等にも取り上げられたようです。
反響は大きかったようですが、それも十分納得できます。
飲食に関わって来たものとしては、お店の仕事というものが
とかくルーティンワークになりがちなことを思えば、こうして自分の
能力一杯を使って働く姿は、改めて仕事の価値を知らしめてくれるものだと
感じます。
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